2008年11月

2008年11月04日

†徒然雑記† 身体に溶け込む悦び

 満足している事。
 特に不満のない事。
 それは。
 保守的である事。
 排他的である事。
 それ以上も以下も臨まない。
 進歩も何も無い。

 満ち足りているという事は。
 飽和状態であるという事。
 新しい水は中に溶け込まず。
 表面を流れ去るだけ。

 強い求めの無いまま、漠然と聞いても。
 曲は脳まで行かず。
 ただ耳を通り過ぎるだけ。
 印象にも残らない。
 記憶にも残らない。
 それを聞いた事実さえかき消えて。
 その事にすら、気付かれない。
 或いは。
 苛立ちという感情の元に。
 拒否、されるだけ。

 けれど意識を向けるなら。
 無意識の海を漂っていた音が浮上して。
 意識にさざ波を立てる。
 さざ波はノイズに似て、苛立ちを誘う。
 それでも苛立ちを黙殺するならば。
 苛立ちは意識を起こす後押しとなって。
 音はよりはっきりと認識され始める。
 無から無意識へ。
 無意識から意識の領域へ。
 意識された音は回想を誘い、記憶の再生を誘う。
 途切れ途切れの音はノイズ或いはバグのように苛立ちを誘い、けれどその中でゆっくりと身体に溶け始め、それと共にノイズは「音」になっていく。
 ゆっくりと、徐々に。
 やがて唇は途切れ途切れの歌を口ずさみ始め、それでもまだ音はノイズと歌の間の天秤で揺れている。
 そうして、意図せず口ずさむ事に苛立つのか、それが途切れ途切れである事が不快なのか、曖昧になった頃。
 意識は、音の補完を、完全を求め始める。
 不完全な記憶こそが断罪され、意識は曲を聞くことを求め、耳は確実に音を捕らえようとし、脳は音を記憶に残そうとする。
 そうして、情報として記憶を補いつつ、記憶との照合、修正を行って行く。

 それは、侵蝕に似ている。
 けれど音に入り込まれた意識は、それ以外をこそ異物と認識し、音を眷属と…自らに連なるものとしてさらに呼び込む。

 これだ、と思うのだ。
 それは。
 集団から個になった瞬間。
 一つの「曲」として受け入れられた瞬間。

 耳に届く曲が心地良く、現実の再生と記憶の再生を繰り返しながら、さらに深く根を張るのを待っている。
 身体に音が染み渡り、徐々に同化していく。
 その頃はもう、完全に「好き」になっている。

ru_ci_fel at 22:53|PermalinkComments(0)†徒然雑記†