†創話遊戯†

2016年10月18日

闇の夢 後詩 night dream

本編「闇の夢―もっとお前を感じたい―」へ 


 今は踊りなよ そう 夜が明けるまで 
 シルクを脱ぎ捨てれば そら 仮面も剥がれる 
 虚構の舞台の上で君は何を見る 幕が開くのはもうじき
 短いprivate time 踊り明かそう small rabbit 
 露に濡れた花びらは重く身を投げ出して 
 内に隠した蜜を無防備に曝すだろう 

 人は誰でも光に誘われて 
 仮面をつけて出かける gray town 
 闇の中でくらい素顔を曝してごらん 
 闇が全てを隠してくれるよ 

 no no 今は言わないで 
 抱き合えばぬくもりは伝わるよ 
 淋しさも哀しさも今は受け止めるから 
 give me your body 君は夜に咲く花 
 引き寄せられた哀れな羽虫をどうか受け止めて 

 煙草に頼って 酒に頼って 
 君はcoolに? それともhotに? 
 本当に逃げたい事からは誰も逃げられない 

 hartを盗めるのは君だけだなんて 
 言ってみた所でjokeにもならない 
 いつも思いだけ空回り 
 ただ寄り添えるぬくもりが欲しいだけ 

 no no 今は踊りなよベッドの上で 
 こんなに暗くちゃ何も見えない 
 だからどうか恐れずに 全てを曝け出して 
 全てを受け止めるよ今だけは 
 だから踊り明かそう small rabbit 
 ピエロのように 舞台の裏で


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闇の夢ーもっとお前を感じたいー



1. 

 もっと側にいたい。 
 もっと近くにいたい。 
 それは我儘か? 
 それは無理なコトか? 
 なあ瑞穂。 
 教えてくれ。 
 お前は俺を愛してるのか? 
 俺はお前の何なんだ? 
 瑞穂瑞穂瑞穂。 
 答えて、くれ。 

 闇に覆われる。 
 その中で。 
 ただ瑞穂の影だけが、白く浮かび上がる。 
 それだけが真実だというように。 
 それだけが答えだというように。 


――ずっと側にいたい。 
 ねだる。 
――一緒にいるだろう? 
 瑞穂が答える。 
――もっと一緒にいたいんだ。 
 またねだる。 
――側にいなくても。心は一緒に在るよ。 

 そうではないのだ。 
 欲しいのは。 
 もっと、ずっと、確かな証拠。 
 どうしたらもっと側にいれる? 
 どうしたら判ってもらえる? 
 瑞穂…… 


貴方がここにいない 
 お前がここにいない 
それは淋しい事? 
 それは淋しいコト 
貴方は何故淋しいの? 
 お前は何故淋しくないんだ? 
一人でも夢は紡げる 
 二人でしか紡げない夢もある 
愛した記憶さえあれば生きていける 
 記憶があっても淋しさは胸を焦がす 

 まるで傷を求めるように 
 相手を傷つける 
 見えない朱は 
 心を昏く染める 


独占欲は愛じゃない 
 愛とは執着する事ではないのか 
執着は妄執でしかない 
 愛することは貪欲になる事ではないのか 

 束縛すらも愛と呼ぶならば 
 愛は全ての免罪符 
 独占すらも望むなら 
 永遠すらも望めない 


ねえ遠矢、どうして今のままじゃダメなの? 
 お前が足りない 
一緒にいるだけじゃダメなの? 
 一緒にいてもお前が遠いから 

 判っている、我儘だと。 
 知っている、瑞穂を傷付けていると。 
 けれどダメなんだ。 
 だって…… 
 お前が俺を殺すんだ。 
 お前は決して俺を傷付けない、けれど心が鮮赤の涙を流す。 
 涙は緩く心を覆って…… 
 世界は闇に呑まれる。 

 お前が光。 
 お前だけが。 
 だから俺を救ってくれ。 


 瑞穂は、唇を噛み締め、そして囁いた。 
 ――いいよ、貴方が望むなら。 
 瑞穂が俺に抱きつく。 
 瑞穂の瞳に落ちた陰が、心に緩く棘を落とす。 
 けれど扉は開かれた。 
 お前はもう選択を下したのだから。 
 後戻りはできないし、する気もない。 

 微かに震えた声で、瑞穂はもう一度囁いた。 
 ――それで、いいんだね? 
 それは当然過ぎて。 
 俺は答えてやらなかった。 

 瑞穂の肩の向こうに、紅い月。 
 それを見るのも最後だな、とふと思った先で。 
 月は茶番を嘲るように。禍々しく輝いていた。 



rain.. 雨が降る 
rain.. 紅い水が滴る 
rabbitの亡骸を抱いて kittenは優しく微笑む 
rabbitの身体を染めて 優しく滴る紅い雨…… 

calling.. 触れ合う唇 
calling.. 重なる鼓動 
あの日の旋律を 嘘だと言うのなら 
あの日の君を 幻だと言うのなら 

rain.. 雨が降る 
rain.. 貴方が泣いている 
想いはまだ胸に有る 心はまだ泣いている 
想いを罪だと言うのなら 全ての愛は不義 

falling.. 光に堕ちる 
falling.. 貴方に堕ちる 
どこまで行けるか どこまで堕ちれるか 
貴方と一緒に 闇に沈んで
 



2. 


「さあ、填めるよ」 
 そう言って瑞穂は、遠矢の手首に冷たく光る銀の輪を填めた。 
 輪からは硬質な鎖が垂れていて、その先は瑞穂の手首にある、遠矢のそれと同じ銀の輪に繋がっていた。 
「鍵は、これ。こっちのが遠矢ので、こっちが私の。そしてこれを」 
 瑞穂は遠矢の鍵を抓むと、迷う素振りもなく飲み込んだ。 
 そして自分の鍵を、遠矢に手渡す。 
 遠矢はちらりと瑞穂の顔を見たが、やはり逡巡せずにそれを飲み込んだ。 
「これで、私達は離れられない。もし離れたいと思ったら、相手の腹を裂いて鍵を取り出せばいい。面倒もなくなって一石二鳥だ」 
 クスリと瑞穂は笑った、何処か自嘲的に。 
「そんな事せずとも、俺は逃げたりしないものを」 
「でも、覚えておきなよ。鍵はこの中だ」 
 瑞穂は誘うように、自らの腹を指差した。 
 それはまるで遠矢に勧めるような響きを持っていた。 
 遠矢の訝しげな視線を微笑みで流し、さて、と瑞穂は囁いた。 
「何かしたい事はある?」 
「何も……」 
「そう」 
 じゃあ、と瑞穂は遠矢をそっと抱き寄せた。 
「とりあえずは、こうしていようか」 
 遠矢は最初顔を赤らめていたが、じきに諦めて瑞穂に身体を預けた。 
 瑞穂の鼓動が耳に心地よい。 
 心が穏やかになっていくのを、遠矢は感じていた。 
 抱きすくめられている事が、瑞穂の体温が、安心させる。 
 守られている、というような…… 
 遠矢は何時しかウトウトとしかけていた。 
「眠るといいよ」 
 優しく囁かれた瑞穂の言葉すら、遠矢の耳には届かなかった。 
 ただ、その音は、自分の中の大切なものだ、とだけ、朧げではあったが認識できた。 
 柔らかな海に漂っているような感覚。 
 遠矢の知らない感覚、それは、胎内の中での原初の眠りに近かった。 
 心に陰を落とすものは何もなく、ただ穏やかに時が流れる。 
 ああ、と遠矢は微睡の中で思った。 
 自分はこの穏やかな眠りが欲しかったのだ。 
 瑞穂を失う悪夢にうなされる事もなく。 
 この温もりに抱かれて眠れる時間を望んでいたのだ。 
 この腕に鎖の冷たさがある限り、それはなくならないのだと思って。 
 遠矢はそっと意識を手放した。 

 愛しい人が完全に眠ったのを感じ取って。瑞穂は遠矢の額にそっと口付けた。 
「おやすみ、遠矢」 
 起こさぬように小さく囁き、瑞穂もまた目を閉じた。 
 起きた時には身体が痛くなっているかな、と意識の端で思いながら。 
 それでも瑞穂は姿勢を変える事もせずに、ゆっくりと眠りを受け入れたのだった。 



 ゆめだけだいて おねむりなさい 
 ふあんはそう、ここにはない 
 ゆめだけだいて おねむりなさい 
 やさしいゆめが きっとおとずれる 

 かなしみだいて ねむるひとに 
 たのしいゆめは おとずれない 
 だからみんなわすれて おねむりなさい 
 そうすればきっとしあわせ 
 そうすればきっとやさしい 

 ゆめだけだいて おねむりなさい 
 かなしみはそう いまはきずつけない 
 ゆめだけだいて おねむりなさい 
 やさしいゆめを あなたに
 



3. 


 遠矢が微かに身動ぐ。 
 ゆっくりと開かれる、目。 
 それに自分の像が結ばれた。 

――おはよう、遠矢。 
 ――…おはよう。 
――よく眠れた? 
 コクリと、遠矢が頷く。 
 ――ずっとそうしていたのか? 
――うん、まあね。 
 ――疲れただろう? 
――気遣ってくれてるの?でも平気だよ。 
 ――ずっと抱いてなくても良かったのに。 
――だって、動いたら遠矢が起きちゃうでしょう。 
 ――別に構わなかったのに。 
――照れてるの?可愛いね。 
 ――バカ。 
――睦言にしか聞こえないよ。 
 ――言ってろ。 


 クスクスと、笑う。 
 穏やかな会話が、嬉しくて。 
 穏やかな時が、幸せで。 
 私はそっと遠矢に口づけた。 
 掠めるような口付けを、幾度となく繰り返す。 
 愛しさを伝えるように、何度も、何度も。 

 ねえ、遠矢。貴方は満足? 
 自分を閉じ込めさせて。私を閉じ込めさせて。 
 私たちにはもう、互い以外ない。 
 貴方は自由を捨てる事で、証拠を手に入れた。 
 ここから逃げ出そうとしない限り、相手を愛してるのだと… 

 捕われる事で、捕える事でしか、安心できなかったという事実。 
 それは私の罪だ。 
 そしてこれは罰。 
 貴方は強いと思っていた、だから大丈夫だと。 
 けれど本当はこんなにも脆くて…… 
 だから、貴方が望むというのなら、何処までも付き合ってあげるよ。 
 否、付き合わせて欲しいんだ。 
 私の全てを、貴方にあげる。 

 私はね、遠矢。 
 不本意だったよ、本当は。 
 貴方は風。貴方は鳥。一つ所にいれぬ者。 
 貴方はその翼で、何処へでも行く、行ける。 
 そして何処かで傷付く。 
 貴方が傷付くのは嫌だったけど、その羽を手折れば貴方は貴方でなくなってしまうから。 
 だから、いつも私は黙って見送っていた。 
 貴方の自由な魂が、他の何でもない貴方自身こそが、好きだったから…… 
 だから閉じ込めるなんてできなかった。 

 束縛、執着、嫉妬、独占。 
 それらを全て呑み込んでいた。 
 それは愛ではないと、自分に言い聞かせて。 
 大人を装って。 
 それが貴方を傷つけていたなんて、思ってもみなかった。 
 もっと俺を望んでくれと言われて、後悔したよ。 
 そこまで貴方を追い詰めていたなんて…… 

 綺麗な想いである必要はなかった。 
 純粋な想いである必要もなかった。 
 情けない程に、醜い程に。 
 貴方を求めていた事を、教えてあげればよかったね。 

 だから。貴方をこれ以上傷付けないために。 
 遠矢、貴方の望みは全て叶えてあげるよ。 
 例えそれが死であったとしても、ね…… 


貴方がここにいるから 
 お前がここにいるから 
私もここにいるよ 
 俺はここにいれる 
貴方の涙を守れるならば 
 お前の笑顔を失わずに済むならば 
永久を貴方に 
 永久にお前と 

世界の終るまでは 
 お前が死ぬまでは 
  ずっとここに…… 

全ての理に逆らっても 
 運命に逆らっても 
貴方だけは手に入れたい 
 お前だけは失えない 

いつか見た永遠 
 いつか見た真実 
  それを手に入れれるならば…… 

神に逆らっても後悔などない 


 遠矢。 
 貴方が光。 
 貴方が絶対。 
 貴方だけが。 
 私の…全て。 



 LOVE YOU 全てを呑み込んで 
 LOVE YOU すべてを巻き込んで 
 LOVE YOU 永久の闇へと 
 LOVE YOU 身を沈めて 

 手に入れたいのは貴方 
 失えないのは貴方 
 貴方だけを、想ってる 

 LOVE YOU 全てを捨て去って 
 LOVE YOU 全てを消し去って 
 LOVE YOU 久遠の闇の中 
 LOVE YOU 貴方だけが光 

 何よりも強く 
 誰よりも強く 
 貴方だけを、望んでる
 



4. 


 ――最後に太陽を見たのは何時だっただろう? 
 ほら。そんな事も、忘れてる。 
 ――最後に誰かと会ったのは何時だっただろう? 
 ほら。今では友人達の顔すら思い出せない。 

「瑞穂?」 
 遠矢が、怪訝そうに尋ねる。 
 瑞穂は安心させるようにふわりと微笑んだ。 
「外なんて、必要ないよね」 
「必要な物が一つでもあったか?」 
「失えないのは貴方だけだったよ」 
 抱きしめる…その、とうに朱を失った身体を。 
 遠矢からは、死に連なる朱の匂いがしなくなっていた。怪我をする事も、愛刀が血に染まる事もなくなった。 
 太陽の匂いもしない。元々白かった肌は、更に白くなっていた。 
 そして瑞穂もまた…朱を失っていた。 
 そうやって、少しづつ何かを失っていくのだ、この部屋で。 


 一つ時を数えるごとに。 
 何かを失っている。 
 自分に家族がいたかすら、曖昧になっていく。 
 その事を思い浮かべる事も少なくなった。 
 なくならないのは互いだけ…… 

 二人で、いれるから。 
 時を数えるのは苦痛じゃない。 
 眠りにつくのも不安じゃない。 
 忘却だって、悲しくない。 

 貴方がいればいいと、心が告げる。 
 お前がいればいいと、心が囁く。 


 瑞穂がいるから、ここにいる。 
 遠矢がいるから、ここにいる。 
 意味はそれだけ。 

 瑞穂がいるから、ここにいれる。 
 遠矢がいるから、ここにいれる。 
 理由はそれだけ。 


 共に朽ちよう、この部屋で。 
 共に堕ちよう、この闇に。 
 光は、必要ない。 
 外は、必要ない。 
 記憶だって、必要ない。 

 貴方と 
  お前と 
   この部屋があればそれで…… 

 それは永遠に見る夢。 
 それは永遠の紡ぐ現。 



 永遠の意味なんて知らずにいた昔 
 昔の意味なんて知らずにいた昔 
 そこに幸せはあったのか 
 そこに喜びはあったのか 

 月が、見ている 全てを 
 全てを嘲笑うかのように 

 kittenが泣いている、愛し方を知らないと 
 rabbitが泣いている、愛され方を知らないと 
 それでも二人でいたいから 

 罪で十字架が汚れても 
 罰で魂が傷付いても 
 それでもその手は離せないから 

 今は二人 ただ眠ろう 
 幸せの意味は知らないけれど 
 寄り添ってさえいられれば 
 決してそれは不幸なんかじゃないから







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闇の夢 前詩 BLACK GARDEN

BLACK GARDEN 
その原初の箱庭よ 
パンドラの箱は地に眠る 

惑わせの蛇よ 天を見下ろせ 
お前は天にない喜びを知っている 

踊れ 踊れ 麗しの踊り子よ 
塩の柱は砂に返った 
EDENのリンゴは腐り落ちた 
地に伏す者を誰が笑う? 
愚者の言葉こそ賢者のそれに相応しい 

BLACK GARDEN 
その光差さぬ楽園よ 
忘れられた歌は風の中 

高潔なる天使よ 天を欺け 
お前は神の嘘を知っている 

眠れ 眠れ 気高き戦士よ 
緋の風の中に身を置きて 
EDENに還る日のないように 
剣を折る者を誰が笑う? 
勇者を称える事こそ愚かしい 

 





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2016年05月06日

†創話遊戯† カニバルとラブの狭間で

口に含んだ瞬間、感じた強い吐き気を。
僕は懸命に押し殺した。
ガリ、ゴクン、ガリ、ゴクン…
できるだけ無機質に、機械的に、咀嚼していく。
定期的に水で流し込みながら。
そのせいで僕の席だけ、卓上水の減りは早かった。

「近藤君?顔色が悪いけど、大丈夫?」
話しかけられた方を向くと、心配そうに首を傾げる姿が目に入った。
その首筋を見た瞬間、ゴクリ、と喉がなりかけたのを気付かれないように、さり気無く誤魔化した。
「大丈夫、ちょっと考え事をしててね」
「考え事?」
「ニンゲンの定義は何か、ってね」
「? 人間は人間でしょ?」
「そうなんだけどね」
肩をすくめると、おかしな事を言うのね、と、彼女はコロコロと笑った。

苦笑して、また少し口に運ぶと、今度は脇腹から周辺に向かって、ゾワゾワと悪寒が走った。
思わず顔を顰めると、また、近藤君?と心配そうに言われた。
それを聞いて、つい、コンドーム君なんてあだ名を付けられなくて本当に良かったなあ…なんて、バカな事を思ってしまった。
そんなあだ名を付けるような人は、普通、いないだろうが、僕の周りにいる人達ときたら、そういうバカなあだ名を喜んでつけそうな奴らばかりだったから、ないとは言い切れない。
「近藤君ってば」
…いけない。すぐに思考が傍にずれてしまうのは、僕の悪い癖だ。
ええと、だけど僕は今、誰と何を話してたんだっけ?
記憶を急いで辿る。目の前には見知った顔。
ああ、そうだ。この子は紗希、僕の幼馴染だ。
幼馴染のくせに、未だに僕の事を苗字で呼ぶ、変わった子。でも、悪い子じゃない。
…そう、悪い子じゃないんだ。
「ごめんごめん、紗希」
「もう。本当に大丈夫なの?」
「うん、ごめんね」
「大丈夫なら良いんだけど。家庭教師してくれる約束、今日だったでしょ?来れそうなの?」
…そういえば、彼女に家庭教師紛いの事をする約束をしてたのは今日だった。
一瞬悩んで、答えを出す。
「悪いんだけど、延期させて貰えるかな?」
「やっぱり体調悪いの?」
「いや。今日は狼にならない自信がない」
「バカ、何言ってんの」
「あはは」
軽く笑って、流す。
紗希がヒラヒラと手を振って去っていくのを、僕も努めて笑顔で見送った。
彼女の、スカートから溢れた足や、そのうなじなどには、視線を向けないようにしながら。
ホントだよ、と、小さく呟いたそれは、小さく空に溶けた。

ニンゲン。
その定義は、何だろう?
言葉を話して、二本足で歩いて、手を使えて…
じゃあ、言葉をしゃべれなかったら?理解できなかったら?
手が使えなかったら?足で立てなかったら?
だけど、そうだ。
人間を食べない、って事だ。
人間を食べないなら、人間だ。
僕は。
人間で、いたい。

紗希を初めて綺麗だと思ったのは、いつだっただろう?
幼馴染という生き物から、紗希という生き物として、意識し始めたのは?
欲しい、と、思い始めたのは?
だけど、健康的な手足に、時折見せる表情に、思ってたより女っぽかった所に、『そそられる』とはこういう事だろうか、と、思い始めてから、違和感を感じるまでには、そう掛からなかった。
そして。
違和感を感じる程に、食欲が減っていったのも。
気付くまでには、そう、掛からなかった。

ご飯が美味しくない。何を食べてもそうだ。
食欲がないのかと思ったが、そうじゃない。
飢餓感は、むしろどんどん増しているのだ。
嗚呼。
僕は、人間を辞める、何歩前?

紗希。
思い出した瞬間、ゾクリと走った。
嫌悪感じゃない。むしろ快感に近いそれ。
これがただの快感なら良かったのに。
発情して、欲情して、思い出すだけで興奮してしまうような、青少年宜しく、そんな劣情なら良かったのに。
だけど、違う。
違うと解ってしまった。
だから極力、会う日を減らして、距離を置いて。
いつかこれが治れば良いと、淡い期待を抱いて。
なんとか宥めようとしているのに。

また一口、食べる。
食べろ、食べろ、食べろ。
収れ、収れ、収れ。
腹が空いてるなら、幾らでも食ってやるから。
だからそれだけは…
ヤメテク、レ……

誰に相談できるだろう?こんな事を。
きっと誰にも信じてもらえないか、病院行きだ。
いや、もういっそ病院に入ってしまえば、楽になれるのかもしれない。
でもそうすると、紗希には二度と会えないだろう。
それは、いやだ。
ねえ、紗希。
僕が今、こんな事を考えてるって知ったら、君はどう思うんだろね?
どんな目で…僕を見るんだろね?
ねえ、紗希……

重い足取りで。
学食を後に、した。




数日間、学校をサボって家で過ごしていた。
食べても食べても、太るどころか、むしろ痩せて行くのは酷く皮肉だった。
もう僕の身体は、マトモな食事は餌として認識できていないんだろうか?
身体が重い。 思考も泥のようで上手く纏まらない。
考えたい事、考えたくない事、湧き水みたいに、とめどなく、ああ、けれど。

無限ループは、チャイムの音に、掻き消された。
ノロノロと出てみると、案の定というべきなのだろうか、紗希だった。
「急にごめんね、心配で来ちゃった」
ありがとう、でもホントに体調悪くて…と、やんわり断るが、紗希は、だから来たんだよ、と、帰る気配は無かった。
諦めて、ドアを開ける。
「少し…痩せたね。ちゃんと食べてる?」
食べてるよ、と答える。
が、余り信じた様子は無かった。

「ねえ…風邪とかじゃないんでしょ?何か病気なの?ちゃんと病院行ってる?」
うん、大丈夫だよ。
「…何か、悩みとかあるんじゃないの?」
大丈夫だよ。
「嘘。近藤君、そうやって微笑む時はいつも嘘付いてる時だもん。ねえ、一体どうしたの?」
…ホントに大丈夫だよ。
「…私じゃ、頼りにならない…?」
…そんな事ないよ。
「だったら教えてよ!」
…頼むから、そんなに近付かないでくれ。
「近付かれたら困る事でもあるの?
あるよ、だから…

ドサリ、と、ソファーに押し倒される。
「ちょっと前から、ちょっとづつ、私の事、避け初めてたでしょ?何で?」
「気のせいだよ」
「気のせいじゃないでしょ!?」
「ちょっと忙しかっただけだってば」
「ねえ…何で、ホントの事言ってくれないの?何で私には…」
紗希が泣き始める。
「ごめんね…ごめんね、紗希…」
「謝るなら…教えてよ…」
それはそうかもしれない。でも、無理だ。
「ごめんね、それは無理なんだ」
「教えてくれるまで、帰らない!」
いや、心配して来てくれたんじゃなかっただろうか?
だが、一旦手から外れたボールは、そのままらしかった。
どれくらい、押し問答をしただろうか。
とうとう僕は、観念した。

「あのね、先に言っておくけど。紗希に心配掛けたかった訳でも、紗希が嫌いになった訳でもないんだよ。 ただ、紗希に嫌われたくなかったんだ」
「嫌いになったりなんて、しないのに」
「でも、心配だったんだ。あのね…」
紗希を見ると、食べたくなっちゃうんだよ、と、小さく囁いた声は。微かに震えて、いた。
紗希の目は、怖くて見れなかった。どう思われるか、解らなかったから。
紗希は、少し間を置いた後、信じられない、というように、呟いた。
「どういう、事…?」
「知らないよ」
投げやりのようだったが、本音だった。
「最初は、普通に欲情してるのかと思った。でも、違和感があった。その内、食欲があるのに食欲がないみたいな、変な事になった。ご飯がどんどん不味くなっていって、食べたいものが何なのか考えると、紗希しか浮かばなかった。おかしいとは思ってたけど、何なのかよく解らなくて、戸惑ってる内に、紗希に会う度に直接食欲を感じるようになったんだ」
淡々と一気に話すのを、紗希はジッと聞いていた。
「前に、人間の定義って何か、って話たでしょ?まさに僕は今、人間を辞めるかどうかの瀬戸際って訳だ」
自嘲的に囁いた後、でも、と、続ける。
「僕は、紗希が好き。紗希が大事。だから、どんなに腹が空いても、紗希を食べたくない。紗希に会えなくなるなんて嫌だ。でも、このままじゃどの道会えない。だけど、嫌われたくないから相談もできなかった」
目を逸らしたまま沈黙すると、そっと、横から抱きつかれた。
言ってくれたら良かったのに…と、小さく何度も呟くが、言える訳がない。
暫く、紗希の鼻をすする音だけが部屋に響いた。

「………ねえ……最初は…欲情に似てた、って、言ったよね…?」
「…うん」
どうやらそれは、気のせいだった訳だけど。
「…あのね…」
「……うん……」
「…少しだけ…試しに、噛んでみる…?」
「えっ…?」
驚いて紗希を見ると、紗希は、ほら、と手を振って、複雑な笑みを浮かべた。
「お腹空いてる時に、ガムを噛んで紛らわしたりするじゃん。それに、その……エッチな事、したら、さ…これは食欲じゃなくて性欲だって、身体がその内覚えるかもしれないじゃん」
だから…と、紗希が胸に顔を埋める。
うなじから微かに昇った香りに抱いたのは、果たして食欲か性欲か。
「ね…ちょっとぐらいなら…噛んで、いいよ…」
噛む?紗希を?ガムみたいに?
おかしいやら何やら、グチャグチャして、思わず笑ってしまった。
「く…くっ…ふ、ふ…は、は…」
懸命に押し殺しても、それでも漏れる。
「真面目だよ、私」
「解ってるけど…くくっ…紗希の方が、よっぽどおかしな事、考えるよ」
「おかしく、ないよ」
「でもそれじゃ、まるで、変なプレイみたいだよ」
「それでも、良いよ…」
「…え…?」
「変なプレイでも、なんでも、良いよ…一緒にいれるなら……離れたく、ないよぉ…そんなのヤダよぉ……」
紗希がまた、泣きだす。
僕は、ただ、そっとあやすしかなかった。
「僕だって、一緒にいたいよ…でも…我慢しきれるか、自信ないよ…いつか噛み殺しちゃうかも、しれない」
空腹を紛らわすガムになるのか。
それとも、渇いた時に海水を飲んだ時のように、より渇いてしまうのか。
どっちに転ぶかなんて、僕にも解らない。
「その時は、その時だよ」
「…いいの…?」
「うん、だから…その時まで、一緒にいて…」
紗希をそっと、抱きしめて答え代わりにした後、僕はある事に気付いた。
「じゃあ、一つ言っておかなきゃな事があるんだけど」
「何…?」
「ちょっと順番が前後したけど…僕と付き合って?」
「…最高に変なタイミング」
その通りだったから、僕は笑うしかなかった。
グシャグシャの顔のままの二人の笑い声が、静かに部屋に響いた。





あれはいつの事だっただろう、と、ぼんやりと思いながら回想に耽っていた僕の思考を、紗希の声が遮った。
「あ…」
現実に引き戻されるが、トリップしていた時間が長すぎて、すぐには目の前の事と思考がリンクしない。
それでも身体は勝手に、さっきまでの続きであろう事を、続けた。
紗希の身体に、そっと歯を立てる。
「う、あ、あぁ…」
漏れる声が、行為に反して、妙に艶かしい。
愛しくて堪らなかった。
「辛い?」
「だい、じょ…あぁっ!」
噛んだ跡を、そっと舐める。
猫がそうするように。
舌に合わせて、紗希の身体は微かに震えた。

…愛しい。
愛しくて愛しくて、堪らない。
だけど紗希は実際のところ、こんな僕をどう思っているのだろう?
僕は、紗希を傷付けたのだろうか。苦しめているのだろうか。
それとも…こんな事すら、喜んでくれているのだろうか。
思考がまたトリップする。
『ねえ、あのね。私以外にも、食欲って感じたりしてたの?』
『いいや、紗希だけだったよ』
『嬉しい。私、近藤君の特別に、やっとなれたんだね』
あれは、付き合い始めて一月ぐらい経った頃だっただろうか?
あの時、紗希は。本当に嬉しそうに、笑ったのだ。
僕に噛まれながら。
痛いはずの最中に。
あの頃と同じような表情(かお)で、同じような声で、紗希は優しく僕を受け入れていてくれる。
相変わらず食欲はなくならなくて、時折、強い苦痛にも似た衝動に侵されるが、そんな紗希の優しさが、僕を救ってくれていた、僕を僕に繋ぎとめていてくれた。
「大好きだよ、紗希」
囁いた声は、本当に本音なのにも関わらず、何故か虚しく聞こえた。

嗚呼、神様。
僕は一体、どんな悪い事をしたというのだろう?
だがすぐに、いや、と、思い直す。
神様なんて、昔から、そんなもんじゃなかったか、と……
神様なんて、昔から、優しくも冷たくもないのだ。
ヒトが勝手に期待して、自分勝手に裏切られた気になってるだけだ。
そんな幻想に付き合わされてる神様こそが、ホントは一番、いい迷惑なのかもしれない。
ああでも。
紗希が紗希だった事だけは。
「誰かに感謝したい、な…」
「…え?」
声に出ていた事に気付いて。
紗希を安心させるように微笑んで、なんでもないよ、と、答える。
そして…
僕はまた、接吻の雨を降らすように、優しく優しく、紗希の身体に口付けた…

願わくば。
僕がずっと、人でいれますように。
紗希がずっと、紗希でいてくれますように。

祈る先もないままに、そう、強く祈った。


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†創話遊戯† momentary and everlasting


「瑞穂?」
 怪訝そうに尋ねて来る、遠矢の声。
 私は安心させるように微笑むと、どうしたの、と聞いた。
「いや……」
 困ったように、遠矢が呟く。
 ああ、と私は気付いた。
 今日は、上の空でいた事が多かったから、それで心配になったのだろう。
 大丈夫だよ、と囁いてあげる。
 遠矢の心配してるような事は、何もないんだ。
 そう…遠矢の思ってるような事は、ね。

 ねえ、遠矢。
 私が今何を思ってるかなんて…貴方は判る?
 判らないでしょう?きっと、ね。
 でもそれでいいよ。
 別に貴方が知る必要は、ないんだ。

「瑞穂…」
 遠慮がちに掛けられた声に、だから優しく優しく、何?と尋ねてあげる。
「俺の事を…好きか?」
 半ば予想できていた問いに、当然、と答える。
 判りきった答だ、悩む余地もない。
 でも答に遠矢は、安心と不安が混じった顔をした。
 …ダッテ遠矢ハ判ラナインダモノ。
 遠矢は少し俯くと、縋るような、怯えるような、子猫にも似た目で、私の顔を覗き込んできた。
「抱いて欲しいんだ……」
 遠矢はそう言うとそっと抱き付いてきて、胸に左耳を当てた。
 存在の証を、確かめるかのように……

 …抱イテ?ソノ意味ハ何?
 愛とSEXは、結び付きはしてもイコールじゃないんだよ。
 好きでなくてもSEXはできるし、SEXしないからと言って相手を愛してないとは限らない。
 SEXは、愛情表現にはならないんだ。
 ナノニ貴方ハ求メルノ?
 誰より私の愛情を疑ってる貴方が、形にならない心を信じきれない貴方が、より不確かな愛情表現で気持ちを確かめようと言うの?
 くすりと、笑う。
 貴方ハ判ラナイ。キット、判ラナイ。何モ何モ何モ。
 私の心が、緩やかに。
 緩やかに、黒いモノに包まれていく。
 ……貴方が…引き金を引くんだよ。

 ねえ、遠矢。
 そっと、囁く。
 貴方の綺麗な目を、見つめて。
 私は、貴方の事が好き。だから、貴方を私だけのものにしたい。
 囁くと遠矢は、言葉に含まれた微妙な音に気づいてか、無言でただジっと私の目を見つめていた。

 遠矢、永遠に私だけのものになってくれる?
 問うと遠矢は、僅かに小首を傾げた。
「俺はお前のものになれるのか」
 こくりと、頷く。
「お前も、永遠に俺のものだな?」
 こくりと、頷く、優し気な笑みで。
「なら、いい」
 そっと、遠矢は呟いた。
 思わず、笑いが込み上げて来そうになる。
 私はそれを、遠矢とキスする事でせき止めた。
 唇を重ね合わせると遠矢は、そっとその目尻から雫を滴らせた。

 好きだよ、遠矢。
 囁いて、私は遠矢に口移しで毒を飲ませた。
 極上の毒だ、痛みも苦しみも、ない。
 死の口付け――それは私から遠矢に贈る最後の、プレゼント。
 私の中で遠矢はゆっくりと死んで行く、眠りにつくように穏やかに。
 唇を離すと、私は満足気に微笑んだ。
 未だ温もりを残している遠矢を見つめて、ああそうだ、と呟いた。
 あなたを食べて、あげようね。

 それは永遠への、プロローグ。
 ゆっくりと、咀嚼していく。
 これで貴方は、もう誰も見ないし。
 もう誰にも、見られない。
 言葉を交わす事も、触れる事も。
 ただ記憶だけが、貴方と共に私とある。

 笑みが洩れる。
 私は遠矢を抱えるとその場を去ろうとした。
 そこは私の部屋ではあったけど、もういらないのだから。
 私の名を、私のものであった物と共に捨てて、私は窓から外へ出た。
 手には遠矢のものだった物だけ。
 だって私は貴方以外に必要なものなんてないんだもの。
 窓から飛び降りた時、脳裏に遠矢の姿が重なった。
 ああ、と呟く。
 私の記憶は全て、貴方に連なるね。
 甘い痛みに、僅かに微笑む。

 ああ、そうだ。
 君の記憶を持ってるのは、私だけで充分だよね。
 私以外が貴方の記憶を持ってるだなんて、許せないよ。
 待ってて、遠矢。
 全部取り戻すからね。
 くすくすと、笑って。私は闇の中を駆けた、永遠に向かって。


 通り過ぎた季節の中に散りばめられた記憶を辿り、貴方へ向かおう。
 通り過ぎた季節の中に散りばめられた思い出の欠片を集め、貴方へ向かおう。
 全てのピースが集まった時、永遠は完成する。


 遠矢の友人、遠矢の家族、遠矢の知人、遠矢に関するデータ…
 遠矢の近所に住んでいた者、遠矢がチラリとテレビに映った際に見ていた可能性のある者…
 全て。悉く。

 それらを消去し終わると、私は遠矢の躯に手を這わせた。
 遠矢……
 そっと、愛しい人を思い浮かべる。
 さあ、どこへ行こうか。
 考えて、私は昔の住処を思い出した。
 遠矢を1度だけ連れて行った場所・・・そして遠矢と初めて結ばれた場所。
 きっと、最後を飾るのに相応しい。
 思って私はうっとりと微笑んで、そこを後にした。


 昔の住処は、驚きと喜びを持って、主を歓迎してくれた。
 魔界の深い森の中だ、住処は荒らされた風もない。
 私は最も古くて大きな樹の下へ行くと、座り込んだ。
 落ち付くと同時に、痛みが戻って来る。
 遠矢を取り戻す際に、負った傷。
 手当てを全くしていないのだから、痛むのは当然と言えた。
 森が主を心配して癒そうとするのを、やんわりと拒否する。
 必要はなかったし、それにこれは遠矢を取り戻した証だったから。
 そう、遠矢は私と共に有る。
 もう私以外には、遠矢を知っているものは一人もいない。
 私は遠矢を愛し、永遠と絶対を望んだから、遠矢と遠矢に連なるものを、殺した。
 けどね、遠矢。私は、貴方のいない世界で生きていく気も、ないんだ。
 だから、私もすぐに逝くよ。

 貴方を愛した故の、終焉。
 貴方が死んだ故の、終焉。
 そしてそれこそが、永遠の始まりになるんだ。
 そう…永遠はまだ完全じゃないんだよ。
 永遠と絶対は、遠矢を知る最後の一人である、私が死ぬ事によって、完成するんだ。
 その時初めて、貴方は本当に私だけのものになるんだよ。

 死んだ先の私達は、私達とは違う私達だ。
 来世?常世?
 そんなモノは、求めていない。
 私達はここで終わるから、だから、永遠で在れるんだ。
 そう…永遠とは、現在進行形の中には決して存在しない物なんだよ。

 私はゆっくりと剣を抜き…そして自らを貫いた。
 これは永遠へのプロローグの、終り。
 絶対にして永遠の未来は、今、始まる――。

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